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レトロ

「古さ」に宿るロマンと「古い情報技術」

レトロゲーム、古いサイト、昭和や平成以前の写真・映像etc. その「古めかしさ」はどこからきて、どこに魅力を感じるのか。そして、うきよの愛する「古い情報技術」の素晴らしさについて解説していく。

レトロブームが定期的に起こる。

古い物にはどこかしら懐かしさや儚さを感じてしまう。ロマンがある。

時に自分の古い記憶をたどり、回想に思いを馳せ、自分が生まれる前の時代を想像して感慨に染まる。

少なくとも私はそうだ。

特に私が惹かれるのは、古いWebサイト、古いソフトウェア、レトロゲーム、解析ツールといった 「古い情報技術」 である。

では「古さ」のどこに魅力を感じて、どこに惹かれるのだろうか。

ここからは、筆者である「うきよ」自身の話と考察していきたいと思う。

そうして、このブログの存在理由を明らかにしていく。

古いものに魅力を感じる人々

人は皆、自分の幼少期の頃や若い頃を懐かしむ傾向がある。 同時に、古いものには魅力を感じる人もいる。

自分が輝いていた時代の物。平成生まれで昭和歌謡の大ファン、2000年以降に生まれたのにも関わらず昭和っぽさを追求する若者、ファミコンが大好きな中高生。そして、ソフトやツールに惹かれる自分。

このように人々は古いものに魅力を感じてしまう。

「古めかしさ」や「懐かしさ」を感じる要因は何か。

結論から述べると、「古めかしさ」や「懐かしさ」は年代そのものだけで感じるのではない

以下の4つの要素が互いに影響し合うことによって生まれるのだ。

  • 「時代の象徴」
  • 「技術的制約」
  • 「個人的な記憶」
  • 「失われた環境」

また、これらの要素は完全に独立したものではない。

1. 時代の象徴

各時代には象徴的なものが存在する。いくつか例を挙げてみる。

  • 「江戸時代には浮世絵」
  • 「明治時代には洋館」
  • 「昭和には美空ひばり」
  • 「平成にはガラケー」

といった象徴がある。当然、各時代には数えきれないほどの象徴がそれぞれ存在する。

それらの象徴を知覚したとき、人は「古めかしさ」を感じる。

例えば、「黒電話」 と聞くと、どこかしら古さを感じないだろうか。このように、古い時代の象徴によって、「古い」というイメージが想起されるのである。

2. 技術的制約~画質や音質による思い込み~

試しに"Good-NightTOKYO"と検索してみてほしい。

著作権の都合上ここには載せることができないが、出来れば動画を視聴してみてほしい。

"Good-NightTOKYO"とは1993年、ソニーによって発売された当時としては非常に高精細なハイビジョンの業務用映像である。

視聴していただいた方は分かると思うが、現代と遜色のない高画質の映像が流れている。

この動画を見てどこか強烈な懐かしさや心残りが残った人は多くないであろう。なぜなら、映像があまりに現代的過ぎるからである。スマホの有無やオフィス、建物や乗り物、街往く外国人やファッションなど、細かい違いはあれど、殆ど今と変わらない。

次に以下の動画を見てほしい。

https://youtu.be/3Wbr38SRmHE?si=dEVTDOQqouSfg2j2 動画:『令和7年の東京を8mmフィルムカメラで撮影してみた 』 投稿者:かねひさ和哉 様

"Good-NightTOKYO"と比べてどこか懐かしさや古めかしさを感じる人も多いのではなかろうか。

不思議な話である。この動画はこの記事の初稿(2026/6/17)の約9か月前に投稿された動画であり、ほぼ現在と言ってもよい。それなのに、"Good-NightTOKYO"よりも遥かに昔の時代に撮られた映像のように感じる。

それは、我々が無意識に古い時代の画質や音質を、その時代の象徴として結び付けているからではないだろうか。

実際、"90年代 東京", "2000年 東京"などを検索して、いくつか動画を見てみると、 これらも"Good-NightTOKYO"と変わらない時代なのに、より強く懐かしさを感じるのではないだろうか。

このことから、どれだけ昔であったかよりも、どれだけ技術の制約(今回は画質と音質)があったかが、古めかしさや懐かしさといったものを強調しているのではないだろうか。

技術的な成熟度

街の発展は確かに時代を反映するが、比較的緩やかな変化である。ここ3,40年ほどで目覚ましい変化を遂げたのは電子技術ではないだろうか。通信は高速になり、テレビの画質や音質は飛躍的に向上し、スマートフォンが普及し、ゲームやCGは現実世界と見違えるほどになった。

40年ほど前は、街中は現代と大差はないはずなのに、40年前の電子技術はかなり発展途上である。 スーパーファミコンを例にとる。1990年(平成2年)11月21日に任天堂より発売されたハードであり、世界累計販売台数4910万台を記録した、ゲーム史に名を残す名機の一つである。スーパーファミコンで遊んだことがある人は分かると思うが、圧倒的に現行のゲーム機と比べて"古い"。

当時ゲーム機は16bitであり、カセット(ROM)の容量は、一般的なソフトで数百KB、最大容量は6MBであった。現代のゲームソフトは軽く数GB~数十GBが当たり前である。数百~数千分の1の容量で作らなければならず、現行機のようなリアルな映像は技術的にも容量的にも不可能であった。

私たちはこれを知っている。だから、その技術の未熟さを古い時代の制約として扱い、技術的制約が強ければ強いほど"古い"という印象を受けるのである。

3. 個人的な記憶

幼い頃や学生時代(いま学生の人は一個前の教育課程を思い浮かべてみてほしい)を思い出すと無性に懐かしさを感じないだろうか。

子どもの頃に良く触れたものや聞いた音など、それらがトリガーとなり、昔の記憶が呼び起こされることなどもある。

昔の記憶が想起されたときに、人は懐かしさを感じるのである。

4. 失われた環境

かつて住んでいた場所や今は離れてしまった故郷を思い出してみてほしい。これまた、無性に懐かしさを感じないだろうか。

また、自分が写っている古いビデオや、写真を取り出してみるのもいいだろう。そこに映る映像や写真がどのようなものであれ、その時代は、その環境はすでに過ぎ去ってしまった過去のものだ。いくら足掻こうが、いくら思おうが、もう戻ることができない。そうした喪失によって、人は哀愁や懐かしさを感じる。

技術的制約の説明で出てきた90年代の東京の映像に懐かしさを感じた人もいたであろう。当時自分が居て、実際に暮らしたその世界がまた現れたのだから、懐かしさを感じる人も当然たくさんいるであろう。

つまり、もう戻れない失われたその環境に思いを馳せるとき、人は懐かしさを感じる。

これらの要素は影響しあっている

以上、4つの要素が互いに影響し、組み合わさることによって、「古めかしさ」や「懐かしさ」を感じるのである。

当然、どれか一つの単体でも感じることもあるし、2つ以上の要素によって感じることもある。

ただし、ほとんどの要素は影響しあっている。例えば、「技術的制約」は「一種の象徴」としても考えることが可能である。さらに、「失われた環境」は「個人的な記憶」によって強調されているともいえる。

このように、これら4つの要素は完全に独立しているものではなく、また、互いに影響し合うものである。

うきよの思う「古さ」の魅力、そして古い情報技術

うきよは2000年以降に生まれた人間である。

それでもなのか、だからなのか、90年代に特にあこがれを持っている。

曲や文化、ゲームにアニメ、どれもこれも、大いに魅力を感じる。ただ古いからいいのか、親の影響か、はたまた他の理由があるのかわからないが不思議なノスタルジーと魅力を感じてしまう。

真面目に考察すると、本気で原因を考察すると、おそらく小さい頃に親の影響を受けたのと、自分が経験していないのに手が届きそうな世界観だからなのではないだろうかと思っている。

特に好きなのは古い情報技術である。古いWebサイトや古いソフト・ツールなど、これらの技術は特に魅力的である。

90年代はインターネット黎明期

まだ皆がみんな、手探りであった。個人サイトが大手を凌駕することもよくあり、"2ちゃんねる"が誕生したのも90年代である。技術革新や文化的な面にも興味はあるが、とりわけWebサイトとソフトウェアに最も興味がある。

90年代や2000年代初頭のWebサイトは独特なデザインをしている。広告がないサイトも多く、大流行したアクセスカウンターが設置されていてキリ番文化があり、掲示板文化があり、レイアウトも現代と異なる。

ソフトウェア・ツールも凄い

うきよは趣味でレトロゲームの解析をしているのだが、純粋に制約がある中で工夫を最大限詰め込んだROMに大いに興奮させられる。それだけではない。有志による個人開発の解析ツールにもまた大いに興奮させられる。

  • 伝説的なバイナリエディタ Stirling
  • スーパーマリオワールドの解析と改造に特化したツール Lunar Magic など、質の高いツールが数多く存在し、その完成度と技術に感動させられる。

レトロゲームから離れてみると、

  • 1992年に登場した国産3Dモデリングソフト 六角大王
  • 1994年に公開されて以来、長年Windowsの定番画像ビューアとして君臨した Susie など、魅力的な、ソフトウェアも多数存在する。

伝説となったプログラミング言語やOS

現代では見なくなった"BASIC"や"Lisp"といった、一般ユーザーの目に触れる機会は大きく減ったプログラミング言語や、"Windows95"や"WindowsXP"などは一時代を築き上げた技術である。現代は姿を消したが、既存技術の裏に隠れて活躍するもの、重要な転換点となったものなど、どれも偉大で、とても惹かれる。

当然、伝説となっている必要性はない。とにかく、「この時代に、こんな技術があった」 ただそれだけで素晴らしい。

残響電子(このブログ)の原点

このブログでは、そのような"古い情報技術"を愛で、その偉大さを確認し、可能であれば仕組みの紹介をしていきたいと思う。古い情報技術には、昔の人が手探りで辿ってきた道がある。苦労がある。現代への礎がある。

中には、ライバルに負けてシェアを奪われたり、普及しなかったものもある。それだけでなく、「とあるゲームの改造に特化したツール」といった、小規模な界隈でごくわずかな人々に使用された技術などもある。全ての古い技術が、当時を知る人からも忘れられ、今の時代の人々からは認知されないこともしばしばである。

それでも、その技術は素晴らしい物であった、その技術は無駄ではなかったと伝えたい。

そう思い、世の中の主流から外れたブログ 「残響電子」 を始めることにした。

残響電子で取り扱うもの

このブログでは、主流から外れてしまった技術や、今ではあまり語られなくなったソフトウェア、そしてレトロゲームの内部構造などを扱っていく。

ただ古いものを懐かしむだけではなく、そこにあった工夫や制約、当時の人々の試行錯誤を見つめ直したい。

「この時代に、こんな技術があった」

その事実を、少しずつ記録していく場所にしたいと思う。

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