秀丸エディタ
日本で長く愛用されてきた定番のテキストエディタ。軽快な動作とマクロによる強力なカスタマイズで根強い支持を集め、シェアウェアながら現在も開発が続く。日本のPC文化を支えた国産ソフトの一つ。
時代背景
開発者の斉藤秀夫氏本人へのインタビュー記録(2002年10月実施)によれば、斉藤氏は中学卒業後、高等専門学校を経て1988年に富士通へ入社した。ソフトウェア開発をしたくて入社したが、実際にプログラミングをさせてもらえる機会は少なく、そこで「独自に(業務外で、隠れて)」ソフトウェアを開発するようになったという。当初はMS-DOS用、1990年代にはOS/2用のソフトウェアを、通信ソフトから始めてのちにエディタも手がけ、社内の同僚に配布したところ珍しがられ喜ばれたことから、シェアウェア公開でもいけるのではという手応えを得たと振り返っている。
概要
1990年、Windows 3.0とDOS/Vが発売されPCのグラフィック性能が向上したことを「ビジネスチャンス」と捉えた斉藤氏は、それまで開発していた通信ソフト・エディタのWindows版移植を始めた。当時Nifty-Serveがシェアウェアの代金徴収代行サービスを提供しておりシェアウェアのビジネスがすでに成立していたため、自ら会社を立ち上げ、Windows版ソフトウェアをシェアウェアとして公開することにしたという。1992年に通信ソフト「秀Term」、1993年頃に「秀丸エディタ」を公開し、以後バージョンアップを重ねて現在に至る。開発する会社「サイトー企画」は1993年11月17日設立、福井県鯖江市を拠点とし、公式サイトによれば従業員は社長を含めて3人という小規模企業である。
小話
秀丸エディタのサポートについて斉藤氏は、「頼まれると断れないし、制作者自らがソフトウェアに対して責任を負うべきだと考えているから」バージョンアップを続けてきたと語っている。サポート会議室で初心者ユーザがヘビーユーザーから叩かれるような状況になってはいけないとし、そうした場面では自分自身も発言すべきだという姿勢を示している。斉藤氏自身は「秀シリーズは他社のソフトウェアに比べ、サポートに寄せられる要望が圧倒的に多いと思う」とし、その理由を「頼まれたら断れないという人の良さのせいか、言われるままに機能拡張してきた結果だろうか」と自己分析している。
| 種類 | テキストエディタ |
|---|---|
| ライセンス | シェアウェア |