グレース・ホッパー
人間に近い言葉でプログラムを書く道(コンパイラやCOBOL)を切り開いた計算機科学者・海軍軍人。機械語を直接書く時代から、人が読める言語で書く時代への橋渡しをした。
年表
概要
人間に近い言葉でプログラムを書く道を切り開いた計算機科学者・海軍軍人。UNIVAC I・IIの開発に携わりながら、自動プログラミングという発想を切り開いた。
時代背景
1952年、数式コードを機械可読コードへ変換する最初のコンパイラ「A-0」を開発した。1953年には記号ではなく単語でプログラムを書くというアイデアを提案したが、当時は「うまくいかない」と言われた。それでも英語ベースのコンパイラの開発を続け、1956年には単語コマンドを使う初のプログラミング言語「FLOW-MATIC」をチームで動作させた。FORTRANやMATH-MATICが数式記号を使ったのに対し、FLOW-MATICは通常の英単語を使い、データ処理向けに設計されていた。
実例
1959年、業界横断で使える共通のビジネス言語を開発するための会議体CODASYL(Conference on Data Systems Languages)に参加した。その成果がCOBOL(common business-oriented languageの略)である。多くの人が貢献したプロジェクトだが、Hopperの設計・コンパイラ開発・普及活動における役割は広く認められている。1970年代までにCOBOLは「世界で最も広く使われるコンピュータ言語」になった。
現在
海軍予備役軍人としてのキャリアも並行して続けた。1966年、年齢制限により海軍を司令官(コマンダー)として一度退役し、後に「人生で最も悲しい日」と振り返っている。しかし数か月後、海軍の複数のコンピュータ言語・プログラムを標準化するために現役へ呼び戻された。
| 業績 | コンパイラ・COBOL |
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関連項目
- COBOL事務処理向けに作られた、英語に近い構文を持つ言語。金融・行政などの基幹システムで大量に使われ、半世紀以上たった今も現役で動き続けている。「枯れているのに置き換えられない」古い技術の象徴的存在。
- ENIAC真空管約18,000本を用いた、初期の大規模な電子式汎用計算機。米国で弾道計算のために作られた。配線の差し替えでプログラムする方式で、巨大な部屋を埋め尽くす物量が「計算機械」の時代の幕開けを象徴した。
- コンパイラ人が書いたプログラムを、機械が実行できる形へ翻訳するソフトウェア。グレース・ホッパーらの仕事に源流があり、高水準言語が実用になる前提を作った。普段は意識されないが、あらゆる開発を裏で支える縁の下の力持ち。