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2000年問題(Y2K)

にせんねんもんだい出来事1999

西暦の下2桁だけでデータを扱っていた古いシステムが、2000年を正しく処理できないのではと世界中が身構えた問題。古いソフトの設計上の妥協が時を超えて表面化した、技術の「ツケ」を象徴する出来事。

仕組み

初期のコンピュータは開発費用やメモリ容量の制限から、西暦年号を下2桁だけで処理していた。このため2000年になると「00年」を1900年と誤認識する不都合が予想された。加えて、グレゴリオ暦の閏年規則を誤解したプログラムも問題視された。本来は「400で割り切れる年は閏年」というルールがあるが、一部システムはこの3番目の規則を適用せず2000年を平年として扱ってしまう不具合があった。

時代背景

アメリカを中心に国家プロジェクトとして対策が進められ、対策費用は全世界で数百億ドルともいわれた。日本でも1998年7月、財務局が金融機関に対策資料の提出を命じ、3か月ごと、後に毎月の報告を義務化。1998年12月には小渕恵三首相がテレビCMで2000年問題への注意を促すほどの国家的対応がなされた。人材不足を補うため多くの企業がインド人技術者を招聘し、東京・江戸川区西葛西には「リトル・インディア」と呼ばれるコミュニティが誕生した。

実例

2000年1月1日には、NTTドコモの携帯電話「ムーバN206」でショートメール機能が誤作動し、複数の原子力発電所で警報装置が誤報を発生させた。2000年2月29日(400で割り切れるため閏年となる日)には、郵便貯金ATM約1,200台が富士通製LSIの不具合で停止し、札幌市ではバスから地下鉄への乗継ぎができなくなり、気象庁アメダスは長崎県平戸市で「1時間984mm」という異常降雨を記録するなど、いずれも小規模なトラブルにとどまった。

関連項目

  • ITバブル(ドットコムバブル)インターネット関連企業に投資が殺到し、やがて崩壊した経済現象。Webへの過剰な期待と失望が入り混じった時代で、この頃に生まれ消えていった無数のサービスやソフトが、ネット黎明期の空気を今に伝える。

関連技術

出典