磁気コアメモリ
小さなフェライトのリングに電流で磁気の向きを書き込み、情報を保持した初期の主記憶装置。電源を切っても消えない不揮発性で、半導体メモリが登場するまでコンピュータの記憶を担った。手作業で配線された姿は工芸品のようでもある。
仕組み
フェライト(磁性体)でできた小さなリング状の「コア」を格子状に並べ、電線を通す。電流を流してコアの磁化の向きを変えることで、1つのコアが0か1のどちらかの状態を保持する。1953年にMITのWhirlwindコンピュータで実用化された際は、32×32個のコアを並べた「プレーン」を使い、電流を精密に制御して狙ったコアだけを反転させる「同時電流方式」が使われた。
種類・系譜
磁気コアメモリの特許は、一人の発明者に単純化できない経緯を持つ。1947年にFrederick W. Viehe、1949年にハーバード大学のAn Wangがそれぞれ特許を出願し、1950〜51年にはMITのJay ForresterとRCAのJan Rajchmanもそれぞれ出願した。実用化を後押ししたのはForresterと大学院生Bill Papianによる「同時電流」方式で、MITのWhirlwindコンピュータへの導入が磁気コアメモリの実用性を世に示す転機になった。
利点と代償
Whirlwindはもともと不安定な静電式(ブラウン管を使う)記憶装置を使っていたが、頻繁に故障した。磁気コアメモリは高速でありながら信頼性が高く、任意の場所に直接アクセスでき、しかも電源を切っても内容が消えない不揮発性という特長を持ち、これらの利点によって急速にコンピュータの主記憶として採用が広がった。
消えた理由
IBMは1954年に最初の商用コアメモリ製品(Model 737)を月額6100ドルで貸し出した。その後コストはビット単価で1ドルから1セントへと下がっていったが、1970年代に半導体メモリが登場すると、より小型で高速、かつ量産に向く半導体メモリに主役の座を譲った。磁気コアメモリの製造は、米国の電子機器製造がアジアの工場へ移転していく最初期の事例の一つにもなったとされる。
| 種類 | 主記憶装置 |
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関連項目
- ハードディスク(HDD)回転する磁気円盤に磁気ヘッドで読み書きする大容量の記憶装置。IBMが初号機を発売した当初は巨大で高価だったが、年々小型大容量化し、長くPCの主記憶媒体を担った。後にSSDへ主役を譲りつつある。
- 半導体電気を通したり通さなかったりする材料。トランジスタや集積回路の素材であり、あらゆる電子機器の根幹をなす。