第二次世界大戦の終結
だいにじせかいたいせんのしゅうけつ出来事1945
暗号解読や弾道計算といった軍事上の必要が、初期の電子計算機の開発を一気に押し進めた時代。ENIACもこの文脈で生まれた。戦争と計算機技術が分かちがたく結びついていたことを物語る区切りの年。
時代背景
1945年7月のポツダム宣言に対し、日本はソビエト連邦を仲介とした交渉を進めていたため明確な反応を示さなかった。連合国は日本が戦争継続の意思ありと判断し、8月6日に広島、9日に長崎へ原子爆弾を投下。同8日にはソビエト連邦が対日宣戦布告した。8月10日の御前会議で「終戦の詔書」作成が開始され、14日の御前会議でポツダム宣言受諾と玉音放送の実施が決定された。
小話
8月14日の閣議で詔書の文言が最終決定されるまでには9つの文案が作成された。その過程で、陽明学者の安岡正篤らによって「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」といった、後世に広く知られることになる表現が修正されたという。翌8月15日正午、昭和天皇自身による詔書朗読がラジオで放送され(玉音放送)、国民に戦争終結が告げられた。
関連項目
- アポロ11号 月面着陸人類が初めて月に降り立った出来事。限られた計算資源で偉業を成し遂げた裏には当時最先端の誘導コンピュータがあり、宇宙開発と計算機技術が並走していた時代を象徴する。